新事業創造に調査は必要なのか? それとも必要ないのか?
昨今では、イノベーション創造の背景から、新事業の企画が溢れています。
一部では「新事業はリサーチから生まれない」といった声もありますが、事業を他者へ説明する上で、ユーザーインタビューを基にしたエビデンスなどは必要にも感じられます。
さて、新事業に調査は本当に必要の無いものなのでしょうか?
各分野で先進的な活動をしているゲストと共に、参加者みんなで未来を考える「フューチャーセッションズ未来勉強会」の第10回では、
2019年6月20日 発刊の『エビデンス仕事術 あなたの説得力を倍増させるコツ100』の著者である光成章(みつなり あきら)氏をゲストに迎えて、「事業創造における情報収集と活用の仕方(基礎編)/事業をカタチにするためのリサーチとは?〜」について、セッションを開催しました。
その内容を本レポートでお伝えします。
想いを引き出すリサーチの面白さ
インスピレーショントークは、最初から示唆のあるアイスブレイクで始まりました!
光成さん)「コレ(※上記 スライド)をみて、リサーチだと思いますか?、これは何をするものだと思いますか?」
光成さんより説明を頂き、上記 スライドにある2つの吹き出しは、線は“言っていること”、点々は”思っていること”、を記載する欄ということがわかりました。
このシートは、アンケートや定量調査で使用するものではなく、定性調査の際のグループインタビューなどに使用して、対話を盛り上げたり、話し手の心理を引き出したりするためのツールのようです。
では、このシートはどのような使い方をするのでしょうか?
光成さん)
「使い方ですが、例えば、リサーチ目的として、『早稲田大学のイメージと、慶應大学のイメージを知りたい』と設定します」
「その上で、対象者の方へ、以下のような問いを投げかけます」
『このシートの左の方は、慶應大学の学生です。右の方は、早稲田大学の学生です。この二人はどんなことを話していると思いますか? また、頭の中では何を考えていると思いますか?』
「すると、こんな内容が書かれたりします」
『早稲田の方が慶應の方へ「SFC(湘南藤沢キャンパス)ってスゴイらしいね!」と言っている。しかし、頭の中では、「あそこには遠くて行けないよなぁ」と思っている』
「このシートを使わずに、対象者の方へ直接聞く方法もありますが、“自分が発言することに抵抗を感じる方”もいます」
「そのため、このシートを活用して『シートの中の二人は、どんなことを話して、思っていますか?』を描写してもらうことで、気楽に記載することができ、全く思っていないことは書けませんので、対象者の思いが投影されたシートをヒントにして、インタビューをすることができるのです」
とても面白いですね。
自分の気持ちをワークシートの人に投影させて、その描写から気持ちを推察していくことで、
インタビューによる心理的な抵抗を下げることができるようです。
もう一つ、次に紹介してくれたのは、「プロジェクティブテクニック 投影法」です。
光成さん)
「例えば、シャンプーの会社で、顧客が考えるシャンプー製品のポジショニングを知りたい。という目的があるとします」
「その上で、対象者の方へ『中心をあなただとして、普段使っているシャンプーの4つを、このシートへ配置してみてください』と促します」
「その書かれたシートを基に、なぜココに置いたのですか?というインタビューをすると、こんな話が出てきました」
『わたしに鼻を付けて、頭上から見ると、右の手前は、右利きだから”普段使いのシャンプー”、そして“たまに使うシャンプー”は左側の少し遠いところ、後ろの遠くへ置いたのは”一回使ってみて二度と使いたくないと思ったシャンプー”、右の遠いところは“本当は使いたい憧れのシャンプー”です』
「そして、この出てきた言葉から、『商品分類のMAP』をつくります」
「こういったMAPの見方として、『空白スペースをつくるために、ありえない軸の表現をされていること』が時々ありますが、ダイジなことは『消費者が気にしている言葉を使って描くこと』ですので、変な商品分類MAPをつくって、最終的にコミュニーケーションミスを生み出さないようにしたいですね」
イントロから、早速2つの調査技法の説明を頂きました!
それも両方とも、顧客の心理を丁寧に引き出すための技法で、光成さんがインタビューの際に聞き手の心理を十分に理解して調査をされていることが伝わってきます。
市場調査は信用が出来ないのか?
光成さん)
「『市場調査なんてクソ喰らえだ!』という言葉を聞いたことがありますか?」
「ステーブジョブスが言ったと言われている言葉ですが、原文を調べてみたら、こんなことが書かれていました」
「(ヘンリー・フォードの例を基に)お客さんに何が欲しいかを聞いたところで、彼らが言うことはもっと早く走る馬だ!」
「人々は、新しいプロダクトを見せてあげるまでは、自分は何が欲しいのかわからない!」
「だから、僕はマーケットリサーチなんて絶対に信用しない!」
「こういった表現から、リサーチに対する懸念が囁かれているのですが、『そもそも生活者へ何が欲しいですか?』なんて、皆さんは、聞きますか?』
「聞かないですよね。『何が欲しいか?』という質問は、発明家や事業家の質問ではなくて、投資家などがする質問だと私は思います」
「起業家は、アジェンダを持って課題を解決する人なので、『課題をどうやって解決するか?』という最も面白い部分を、調査に委ねたりしないです」
「別途、ジョブズは『消費者は見るまでわからない』と表現していますが、そこは『見せればわかるプロトタイプ』を掲示しながら、ヒントを得るカタチ調査を進めて、自分たちらしい解決策をつくっていくことが重要だと私は思います」
市場調査が、なぜ批判されているのか?を論理的に紐解いてくれました。
解決策(アイデア)を考えることはリサーチではなく、起業家の最も面白い部分だ。そして、アイデアを見せればわかるプロトタイプとして掲示しながらヒントを得ていくことが重要だ、と表現してくれました。
つまり、『解決策を聞いてしまうようなリサーチは、絶対にしてはいけない』ということが伝わってきましたね。
どこからがリサーチなのか?
光成さん)
「このスライドは、アイデアを出して、市場性(買いたい人がいるか)を確認して、事業性(採算が合うのか)を確認して、市場投入をして、顧客対話が始まってくるという、事業創造の一連の流れです」
「最近のリサーチでは、市場投入をされてから顧客対話をするところに注目が集まっています」
「なぜか?と言うと、ベータ版でも市場投入を早めて顧客対話を行い、反応をもらいながら徐々に良くしていくやり方にメリットがあると考えられているからで、そのために顧客対話をするのです」
「その際のメリットですが、こういった活動をするとベータ版の製品改良に関わった人たちの意見で製品がブラッシュアップされたという流れになるので、その方たちがファンとなっていくことができるというメリットが生まれてきます」
「では、アイデア提起はリサーチなのか?という点ですが、わたしはリサーチでは無いのではないかと思います」
「アイデア提起について、『市場課題に対して、その課題や解決策が最適なのか?』を調査したいという声もも挙がると思いますが、課題の良さや解決策の良さは両方ともつながらないとわかりませんし、解決策が本当に良いのか?は、カタチにするまでわからないので、『自分が解きたいと思っている解決策を、自分と対話して決めること』がアイデア提起になると思っています」
新事業創造におけるリサーチは、『アイデア提起』後の、『市場性評価』から始まることがわかりました。
リサーチはどう進めるのか?
光成さん)
「ではリサーチは、どのように進めるのでしょうか?」
「最初に、自分たちは何がしたいのか?を整理することから始まります。その上で、リサーチブリーフに落とし込みます。私たちは今どんな状況で、こんな調査を考えているので企画書をください、という形ですね」
「ブリーフは、“背景を丁寧に書くこと”が重要です。現状はどうなっていて、なぜ調査が必要なのか、ターゲット顧客はどんな人か、競合する企業やサービスは何か。また、調査素材として提供可能な情報をピックアップしておくことも重要ですね」
「ブリーフが書き終わったら、調査の種類を選択しますが、調査は、①文献調査、②面談調査、③質問紙調査、の3種類から選択していきます」
徐々に、リサーチの設計に入ってきましたね。
最も重要なのは”背景を丁寧に書くこと”。リサーチを協力してくれるリサーチャーに、目的や現状がしっかり伝わるようにブリーフを記載しないと、良い調査が出来ないということがわかりましたね。
まずは、下調べ
光成さん)
「その後に、下調べをしますが、下調べは何のためにするのでしょうか?」
参加者A)
「頼むにしても、自分で調査するにしても、”何を調べたら良いか?”が最初はわからない状態で、下調べをする過程で”こんな調査がしたい”という具体性が高まるので、”調査内容を具体化するために下調べをする”と思う。また、インタビューなどでお互いに対話をする場合は”自分にベース情報を入れておくために下調べをする”と思う」
光成さん)
「下調べの目的は、その意味で良いと思います。その上で、最大の目的はより多くの時間を一次取材へ使うための”時間短縮・効率化”と思って良いです」
「では、一次情報と二次情報は、どちらが使える情報でしょうか?」
「正解は、両方です(笑)」
「それぞれに良さがあり、一次情報は、直接コミュニケーションができるので、深い情報が理解出来たり、タイムリーに情報を入手したりできます。二次情報は、量が確保できることや、権威のある教授の文書などによる信頼性の獲得ができます」
「では、世界の下調べはどんなことをしているのでしょうか?」
「日本のリサーチでは、本や資料収集などをして下調べを終了する場合が多いですが、海外ではMarket Visitと言って、現地現場へ訪問したり、本や論文を書いている人にアポイントを取って会いに行ったりします」
「このあたりでリサーチとは、何か?を明確にしておきますが、『リサーチとは、自信を持ってプロジェクトを前へ進めるための証拠集めのこと』で、環境変化に合わせてそれを繰り返す必要がある行為ですね」
「そして、リサーチの上でダイジなポイントは、『誰に聞くか』です」
「リサーチについては、テクニックを気にする人が多いのですが、ぴったりな人を集めることが最も重要です。なので、マーケットリサーチではなく、『ターゲットリサーチ』というように考えていくと良いと思います」
ブリーフができてから、すぐにリサーチに入るのではなく、まずは下調べを行って概況を掴むことが大切ですね。
そして、その下調べから『誰に聞くのか』を具体化することが重要とわかりました。
情報共有・提供で難しいと感じることは?
光成さん)
「情報の取扱は、掲示している情報は同じでも、受け取り手の見方によって、違った解釈で伝わってしまうことがあることが難しいですね。」
「よって、グラフなどの見せ方は、注意して作った方が良いです。hidograph.comというサイトがありましたが、こういった表現にならないように、伝えたいことをキチンと見せていくこともダイジですね」
「最後に、宣伝ですが、、、6月20日に『エビデンス仕事術 あなたの説得力を倍増させるコツ100』という本が出ますので、ぜひ読んで頂けるとありがたいです」
質疑応答:
参加者Bさん)「未来をリサーチする場合は、何年先くらいまでならリサーチが可能だと考えられますか?」
光成さん)「5年先、10年先という点について、今考えられることを集めることができます。ただ、ドンドン変化しますので、アップデートしてください、ということが必要になりますね。一般的には、中期経営計画で利用する場合が多いので、3〜5年で使うことが現実的です」
参加者Bさん)「その際は、フォーキャストで未来を捉えるというイメージで良いでしょうか?」
光成さん)「良いですね。未来の場合も誰に聞くかが重要になりますが、業界最大手よりも業界二番手の専門家の方が市場をよく研究していて、トップのことや業界全体を知っていることが多いので、そういった方から聞くことが重要になります」
セッション
セッションは、2つのチームに別れて「リサーチ計画を考える」という内容を、以下のステップで行いました。
セッションステップ:
- まずは、事業創造における関係者を洗い出す!
- そして、関係者の関心ごとを選ぶ
-
関心ごとに合わせて、リサーチ計画をつくる
- プレゼンテーションする
Aチーム プレゼン:
「私たちのチームは、『新事業創造における課題を見つける』ということについて、テーマを『セーフティネット』として仮設定して、リサーチ計画を考えました」
「最初は、『何が問題なのか?』を見つけていこうと考えました」
「そして、『問題を絞る』にあたっては、なるべく大きくて広いトレンドから見ていく必要があると考え、国がどんな施策をやろうとしているのか、過去どんなことが問題だったのか、現状がどうなっているのか、セーフティネットのステークホルダーはどれくらいいるのか、をマクロ的に捉えようと考えました」
「この情報の他に、今の技術でできること、今と過去の比較、5年後に私たちはどんなことができるのか、を加えてから『どんな人をターゲットにするか?』が設定できると考えており、そのターゲットへむけてインタビュー調査を進めて具体的な課題を収集しに行こうと思いました」
Bチーム プレゼン:
「私たちのチームは、『事業開発をする上でリサーチをどこに使うか』を考えた際に、『自分たちの会社のアジェンダと解決したい課題を基に事業開発を進める』と思うが、その『解決したい課題は、本当に存在するのか?』、また『存在するとしたら、どういった要因があるのか?』を明らかにするためのリサーチ計画を考えました」
「ステップとしては、①下調べを基に課題を構造化する、②二次情報を基に、ターゲットを決める、③インタビューから生の情報を掴む、④自社のリソースを踏まえて絞る、⑤定量的な裏付けをする、5つを設定しました」
ステップ:
- 最初は、白書やSNSやブログといった二次情報から、情報を集めて悩みや不満を洗い出して、それがなぜ生まれてくるのかを構造化して、真因を特定します
- 1の内容を基に、問題の当事者となるターゲットを特定します
- ターゲットへインタビューを行い、課題の背景や本質を掴みます
- 本質を理解した課題に対して、自社のリソースを踏まえて、課題を絞ります
- 絞られた課題を基に、定量的な裏付けを行います
最後に、プレゼン内容に対して、光成さんより講評を頂きました。
光成さん)
「これは、何のリサーチでしょうか?マーケティング・リサーチとして考えましたでしょうか?」
「もし、マーケティング・リサーチであれば、売り手優位の立場を確立するための企業活動(儲けること)として、市場性があるか?事業性があるか?をリサーチすることになります」
「今回のケースだと、大学の研究のような学術リサーチのような進め方に見えました」
「リサーチのステップとしては、問題ないですね。ただ、新事業創造については、課題に対するアイデアや仮説が無い状態で市場を幅広く見ていくというリサーチを行うと、莫大な予算がかかってしまうと考えられます」
「なので、"何をやるか"という仮説(アイデア提起)があった上でリサーチを計画するとよりよくなると思います」
参加者C)「起業家は確かに”仮説を持った上でリサーチをする”という点が理解できたのですが、企業内で新事業創造を行おうとすると”課題の領域設定(Issue探し)”が多いと感じており、その背景から私たちのセッションではこういった計画になったと思います」
光成さん)「確かに、その点は理解が出来ますね。ただ、その部分はリサーチというよりは、課題提起やアイデア提起の範囲になると思います」
新事業創造のプロセスで、周囲の方に説明をする際には『リサーチは必要』でした。
ただ、間違えてはいけないポイントとして『アイデア創出をリサーチで導こうとしてはいけないこと』が良くわかりました。
また、事業創造において難しいとされる『参入領域設定(課題設定)』は、リサーチでは無いことも。
変化の激しいこの時代では、まだまだ事業創造が求められますが、リサーチとは何かをしっかりと理解した上で、コミュニケーションを円滑に進めることが重要である。そんな学びが得られた、第10回の未来勉強会になりました。
次回の第11回未来勉強会は、コミュニケーションロボットをつくったトヨタ自動車の片岡氏をゲストにお呼びし、「ロボットつくりを通じてわかった”人間らしさ”/モノへの愛着とは?」について一緒に考えていきます。
ぜひご興味のある方は参加してみてください。
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インスピレーショントーカー
光成 章
ジャートム株式会社 代表取締役
1964年生まれ。福井県福井市出身。早稲田大学卒業。大学卒業後から10年間、矢野経済研究所、マッキャンエリクソン博報堂市場調査事業部などの市場調査会社にて数々の依頼調査に携わりながら、各種調査について「修行」。その後の20年間は、リーバイストラウス、シャネルのブランド側で、アジアパシフィックや日本におけるリサーチやカスタマーリレーションズのマネージャー・ディレクターを歴任。2018年6月、ジャートム株式会社設立。代表取締役。福井ブランド大使。福井市応援隊所属。
ファシリテーター
最上 元樹
株式会社フューチャーセッションズ イノベーション プロデューサー
2015年グロービス経営大学院大学経営研究科経営専攻修了(MBA)。2002年に文房具事務用品メーカーのエーワン株式会社に入社後、営業、製品開発を経験。2010年から3M Japan Group 文具・オフィス事業部のマーケティングにて、事業戦略やマーケティング戦略立案を主導したのち、2016年1月フューチャーセッションズに入社。大手企業のイノベーションプロデュースを中心に活動し、現在に至る。
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【文・最上 元樹】
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