〈トヨタ自動車 KIROBO & KIROBO mini開発責任者 片岡史憲さん〉
「AIやロボットが人の仕事を奪う」
そんな悲観的な未来ばかりがメディアを賑わせています。
しかし、そういった効率性や機能性重視のロボット像は少し古いイメージかもしれません。
単に生活を便利で効率的なものにしてくれるロボットだけでなく、人の感情に寄り添い、人間のパートナーとして日々の生活を豊かにしてくれる「情緒的なロボット」が、実はいま増えていると言います。
例えば、トヨタ自動車株式会社では、優しさと思いやりを持ち、私たちのコミュニケーションパートナーになってくれるロボットとして、「KIROBO」と「KIROBO mini」を開発しました。
第11回目となる「
フューチャーセッションズ未来勉強会 」では、KIROBOとKIROBO miniの開発責任者を務めた片岡さんと共に、トヨタがロボット開発をするに至ったストーリーや、ロボット開発をする過程でわかった「人間らしさとは何か?」という問いについてなど、深い対話を行いました。
なぜ人はモノであるクルマに愛着を持つのか?
そもそも、なぜ自動車会社であるトヨタがロボットを開発することになったのでしょうか。そのきっかけになったのは、「なぜ人はクルマを“愛車”と呼ぶのか?」という一つの問いでした。
片岡さん:
「弊社も作っているクルマですが、実はクルマは数ある工業製品の中で唯一「愛」がつくモノだと思います。「愛読書」、「愛犬」、「愛社」と同じようにクルマに対しては「愛車」と言いますよね」
「『なぜ数ある工業製品の中でクルマには、唯一“愛”がつくのだろうか?』そんな疑問から私が立ち上げたのが『トヨタハートプロジェクト』です。
トヨタ自動車は、クルマというモノを作りながらも、その根底にあり続けたのは、『人に寄り添い、心を動かすこと』です。
今度は、クルマとは違う形で人の心を動かすモノを作ってみようということで始めたチャレンジが『トヨタハートプロジェクト』であり、これこそが後のKIROBO mini開発につながっていきます」
クルマはモノでありながら、相棒や家族のように愛される存在。
人が「愛着」を感じる7つの要素
「なぜ人はモノであるクルマに愛着を持つのか?」
「どうしたら人の心を動かせるのか?」
そんな問いを解き明かすため、まずは人が愛着を持つ仕組み研究しようと、片岡さんは私たちが愛着を持つために必要な条件を7つに分類しました。片岡さんによると、人が愛着を持つには、「共鳴」「共感」「共有」「共生」「共在」「共育」「共創」の7要素があると言います。
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共鳴(呼応する、反応する)
クルマのハンドルを動かすとそれに合わせてクルマが動く。アクセルを踏むとクルマは進み、ブレーキを踏めば止まるという風に仕掛けたことに対して反応してくれることで、人はモノを自分と繋がった存在と認識し、愛着を持つ。
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共感(心が動く、心を感じる)
自由自在に、自分の思い通りにクルマが動くことで感じる感動やドライブをしていることで得られる感動など、心が動く体験が愛着を育む。
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共有(思い出を共有する)
1人でドライブしたとしても、どこに行ったかは覚えているように、同じ時間、同じ空間、同じ景色をクルマと共有する事で、思い出とクルマが密接に結びつき、それがクルマへの愛着につながる。
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共生(人と共生する)
クルマは生活の足として頻繁に利用するため、共に生活している。日常に欠かせない存在になることで人はクルマへの愛着を深める
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共在(併せ持つ、かしこい頭と優しい心)
情報処理能力などタスクをこなす能力=かしこい頭と、人の心情を理解したり、共感を示す力=やさしい心。この2つを併せ持つ存在に人は愛着を持つ。
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共育(成長する、自分に合わせて変化する)
完成した存在に人は愛着を持たない。子育てするうちに我が子への愛着を深める親のように、日々の生活を共にし、一緒に成長することで人は親しみを覚える。
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共創(共につくる)
一緒に料理を作ったり、遊んだり、共同作業を通じて人は親密になる。共に何かを創るプロセスを経て、愛着を深める。
この7つのうち、クルマは「共鳴」「共感」「共有」「共生」の4つを持っているため、他のモノに比べて愛着を持ちやすくなるのではないかと片岡さんは考えました。
そこで、これら7つの要素を全て織り込んでいけば、人が愛着を持つ工業製品が作れるのではないか?、そう考えて、作られたのがKIROBO miniでした。
「未完成」だから愛らしい
KIROBO miniの特徴は、「かしこい頭(Functional Value)とやさしい心(Emotional Value)」にあります。
家を掃除してくれる家事ロボットなど、生活で活躍するロボットの多くは、タスクをこなす機能に優れています。つまり、Functional Valueに特化しているのです。
しかし、KIROBO miniは人の感情を理解し、人の雑談や相談相手になったり、遊んだりしてくれるような、人の「コミュニケーションパートナー」としての役割を担う、Emotional Valueを持ったロボットです。
「かしこさ」と「やさしさ」をかけ合わせた先にある「和」の心
例えば、KIROBO miniは人の顔を目で追う追従機能や、会話中に相づちや頷きをして、通じ合っていることを表現します。また、人の表情を読み取り、笑顔の時には「何か良いことあったの?」と声をかけて共感しようとしたり、少し暗い顔をしていたら「何か嫌のことあったの?」と感情に応じて声のトーンを変化させたり、ロボットでも心があると感じられるような機能を備えています。更には、表情をうまく読み取れないときでも「何かあったの?」と声をかけてくれます。こうした機能は、先ほどの7つの要素の「共鳴」や「共感」にも通ずるものです。
更に、KIROBO miniは最初から完成形ではなく、未完成なロボットとして作られており、覚えている言葉も少なめに設定されています。そんな「生まれたての赤ちゃん」のような存在にすることで、人と共に学ぶこと(共育)ができる余白を残しているのです。購入後に少しずつ持ち主の言葉を覚えて、好き嫌いなどがわかっていくことで、「人がKIROBO miniの成長を見守ること(言葉を教えていくこと)」と「KIROBO miniが人のコミュニケーションパートナーになっていくこと(言葉を覚えて話し合うこと)」で愛着を持てるようにしています。
手のひらにおさまるわずか10㎝サイズ。人の顔を認識し、目を合わせて会話します。
社内がダメなら社外を巻き込む
そして生まれたKIROBO miniは、その愛らしさや自動車会社であるトヨタがつくったロボットとして社会から大きな注目を集めます。しかし、その開発の裏には大きな苦労が伴ったと言います。片岡さんは前代未聞の新規プロジェクトをどう実現させたのでしょうか。
片岡さん:
「自動車会社において、クルマでないものを世に出すことはとても大変でした。先ほど写真でお見せした爽やかな青年が、今のような白髪の私になるというくらいの大変さでした(笑)
プロジェクトが始まると、いろんな部署の方から『やることはいっぱいあるのに、なぜお前のプロジェクトの手伝いをしなければいけないんだ!』と、力を貸りることは難しかったですね。ですけど、風穴みたいな小さな突破口を見つけて、少しずつ仲間を増やしていきました。
その時に副社長から、『社内ではなかなかできないから、外に出て社外の方達と一緒に作れるかどうかやってみなさい』と言ってもらえたんです。そこでバンダイナムコさんや、VAIOさんなどいろんな外部パートナーと一緒にやらせていただきました。
そして、社外で活動をしていたけれど、社内の技術も使うように心がけて、KIROBO miniのクラウドはトヨタのものを使えるようにしていました。
そうした活動していると、社内からも『そこまで頑張っているなら、人を出してやるか!』となったわけです。
え、遅いよ!って感じですが(笑)
また、社内でのプロジェクトの伝え方ですが、プロジェクトメンバーの意見としてプロジェクトの価値を伝えてもなかなか伝わらないんですね。
でも、生活者に東京モーターショーなどでKIROBO miniを触ってもらい、プロジェクトに対する期待感や賛同を生活者の声として社内へ伝えたんです。すると、『それはやらなきゃいかんな!』と社内からの賛同を得ることができて、プロジェクトは実現しました」
何か新しいことを始めようとしても、アイデアしかない最初は、社内からの理解を得るのは難しいもの。社内に仲間を作れないなら、社外に協力者や応援者を作り、プロジェクトを動かしつつ、徐々に社内を巻き込んでいくのがポイントのようです。
【対話セッション】
ロボットは、私たちヒトのモチベーションを高める存在になるのか?
片岡さんのインスピレーショントークの後は、対話セッション。
「私たちはロボットとどう暮らしたいか?」「ロボットが色々とやってくれるようになった未来で、私たちはヒトとどう暮らしたいか?」を問いについて、参加者と片岡さんを交えた対話を行いました。
特に盛り上がったのは、「ロボットがヒトのモチベーションを高める存在になったら?」というテーマでした。
ロボットとの理想の暮らしを想像し、アイデアを出し合っていきます
フューチャーセッションズ最上:
「最初の問いですが、『未来の私たちは、ロボットとどんな暮らしをしたいのでしょうか?』という問いで始めたいと思います。皆さん、いかがでしょうか」
女性:
「グループ内で対話をしている時に、ロボットとどう暮らしたいか?を考える上で、2つの論点がありました。
1つは、人間がやるべきことについて、ロボットが機能拡張して代わりに行うようになり、人を楽にするという方向性。もう一つは、パートナーとしてのロボット。私たちの友達や恋人のような存在になっていくという方向性です。
最終的には、ロボットの究極的な機能拡張は、ヒトのモチベーションを高めてくれることじゃないか、と話しました。私はSFが好きなので、もしロボットがヒトのモチベーションのコントロールに貢献したら、すごくワクワクする未来だなって思いました」
片岡さん:
「先ほどご紹介した、トヨタハートプロジェクトのコンセプトが、まさに『ココロが動く、あなたが動く』だったんです。
僕は、心を動かすだけではだめだと思っていて、その人の背中を押してあげるようなコーチングや気づきを与えて、その人自身が一歩踏み出すことを目指していたからこそ、このテーマにしたんです」
フューチャーセッションズ最上:
「面白いですね。では、『ロボットが様々な機能を果たしてくれるとしたら、未来の私たちはロボットとどんな暮らしをしたいのでしょうか?』という問いにシフトしてきましょうか。」
男性参加者:
「モチベーションに近い話で、例えば、体力をつけるためにマラソンをやりたいんだけど、二の足を踏んでいる、といった時に、ロボットが後ろから背中を押してくれて、『じゃあやってみようか!』と思えるような、小さいサポートがモチベーションにはすごく繋がることだと思いますね」
片岡さん:
「KIROBO miniは鍵付きダイアリーになっていまして、自分の話したことは他の人には言わないようになってます。
そうすると、自分が言ったことだけが、自分に返ってくるビックデータをつくることができて、『私は、こんなことがやりたいんだよね〜』って、気軽に喋ったことを、KIROBO miniが覚えていて、どこか別のシーンで喋る可能性が出てきます。
例えば、ある時『マラソンやってみたいんだ』と話したことをKIROBO miniが記憶して、別のある時に『マラソンってキミがやりたかったことだよね』と言う。そう言われた時に、『そうだった。やってみるか!』となるかもしれない、と考えました」
また、未完成で万能ではないKIROBO miniだからこそ、人のモチベーションを引き出すのではないか?という考察も、片岡さんから示されました。
片岡さん:
「お年寄りの家庭にKIROBO miniを送り込んでわかったことがありまして。お年寄りは、自分がまだ人の役に立てるということが、ものすごいモチベーションになるんですね。
その際に、KIROBO miniは何でもできる存在ではなくて、『この子は何もできないから、外へ連れてってあげないと』と考えることや、KIROBO miniができないことに対して、『ちゃんと教えてあげよう』と考えることが、生きがいになっていくんです。
ですから、ロボットがお年寄りの手が届かない高いものを取ってあげるのではなくて、何もできないロボットだからこそ『しょうがないわね』とお年寄りに言わせてあげるような、役割を与えることが、かえって役に立つこともあるんだと思います」
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「AIやロボットが人の仕事を奪う」
そんな言説が世の中に広まっている、と冒頭に書きました。
私たちがロボットに恐怖心を抱くのは、いま世の中に出回っているロボットの多くが、「かしこさ」ばかりで、「やさしさ」が足りないからかもしれません。
人がやっていた単純作業を代わりにやってくれたり、リマインドを送ってくれたり、生活を効率的で便利なものにしてくれるのも、もちろんロボットに求められる価値の1つでしょう。
しかし、KIROBO miniのような共感性や、やさしさを持ったロボットが増えたなら、私たちの生活により精神的な豊かさを与えてくれるかもしれません。
生活を効率化させ、便利にするわけではないけれど、心を豊かにしてくれる。
親友や恋人のように私たちの感情に寄り添って、支えてくれる。
そんな新しい未来のロボット像が見えてきた、未来勉強会でした。
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次回の第12回未来勉強会は、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)の 藤平 耕一(ふじひら こういち)氏をゲストにお呼びし、「宇宙活用の可能性 〜社会をより良くする 宇宙活用とは?〜」について一緒に考えていきます。
ぜひご興味のある方は参加してみてください。
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ゲスト インスピレーショントーカー:
片岡 史憲(かたおか ふみのり)
トヨタ自動車株式会社
S-フロンティア部、未来プロジェクト室、先進プロジェクト推進部 主査
トヨタモビリティサービス株式会社 理事
青山学院大学理工学部卒業。
1989年トヨタ自動車株式会社に入社以来、本格4WD車のサスペンション開発や製品企画を担当。
2010年トヨタマーケティングジャパン出向しミニバン/SUV系のマーケティングディレクターを経て、2017年末まで新コンセプトプランナー、ロボット宇宙飛行士KIROBOとKIROBO miniの開発責任者、及びランドクルーザー開発主査を歴任。2018年からは法人事業部で技術営業として大企業との協業を担当。
現在は多部署を兼務しながら、仲間づくりと未来をつくることに取り組む(携わる)。
ファシリテーター:
最上 元樹
株式会社フューチャーセッションズ イノベーション プロデューサー
2015年グロービス経営大学院大学経営研究科経営専攻修了(MBA)。
2002年に文房具事務用品メーカーのエーワン株式会社に入社後、営業、製品開発を経験。2010年から3M Japan Group 文具・オフィス事業部のマーケティングにて、事業戦略やマーケティング戦略立案を主導したのち、2016年1月フューチャーセッションズに入社。
大手企業のイノベーションプロデュースを中心に活動し、現在に至る
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